エスプレッソ・イタリアーノ:いくつかの疑問点

掲載記事:”L’ASSAGGIO”vol.57 primavera 2017

エスプレッソコーヒーは本当に素早くコーヒーを飲めるようにするために発明されたのでしょうか?本当に機械工のひらめきから生まれたもので、焙煎業者は全く蚊帳の外だったのでしょうか?もしかしたらそうではなかったのかもしれません。



黄褐色に反射するヘーゼルナッツ色のきめ細かい特徴的なクレーマが、25mlの力強く印象的な香りを持つコーヒーを覆っています。しっかりとしたボディはシロップのようにコクがあり、渋味によってもたらされる舌の上のざらざら感はありません。酸味と苦味の完璧なバランス。香り立つアロマが嗅覚全てを包み込みます。初めは花やナッツの香り、その後お菓子屋さんやバニラ、ドライフルーツの香りに変化し、最後には上品なスパイスの香りに場を譲ります。
上質なエスプレッソはテイスターたちからこのように描写されます。イタリアで発明され、今日はその起源とはさまざまに異なった方法や様式で、世界中で消費されているコーヒーです。

エスプレッソの誕生

19世紀も終わり頃、コーヒーの存在が西洋の生活習慣に登場し定着してから3世紀以上が経とうとしていました。この時間経過の中で、いくつものコーヒーの淹れ方が考案されました。それらの手順は決して簡単ではありません。なぜならただ煎じれば良いというものではなく、いつもフレッシュな状態で飲めるよう素早く淹れる必要があり、そして同時に、コーヒー豆に含まれる貴重な要素をできる限り引き出し、残りカスには香りなどの知覚的長所がなるべく残らないようにする必要があるからです。
実際に3世紀以上にわたってコーヒーの世界ではお互いに深く結びついた3つの必需項目、速さ、強さ、おいしさ、を満足のいくものにするため、多大な労力が注がれてきたのです。


速さ
コーヒーの一番の魅力はカフェインである、という考えが本当だとするなら、コーヒーノキから一番早くカフェインを摂取する方法は、古代の人がしていたように葉っぱをサラダにするか、核果を生のままか煮て食べることでしょう。グローバル化した現代世界ですから、毎日食卓の上にフレッシュなコーヒーの植物を乗せることが可能な人が必ず存在するだろうと思います。しかし、それを好ましく思う人はほぼ確実に味覚的なマゾヒズムの傾向があると言えるでしょう。
誰が発明したのかはわかりませんが、天才的だと言えるのは豆を焙煎したことでした。なぜなら、この熱を加える工程は私たちがよく知っている好ましい香りを生むだけでなく、相対的に少ない量の液体でコーヒー豆の重要な構成成分を抽出できるからです。熱いお湯でしょうか、冷たい水でしょうか? 溶媒としての水はどちらでも作用しますが、抽出時間は変化します。水を用いた抽出方法は1832年から存在するにもかかわらず、速さが伴わないためあまり用いられる事はありませんでした。
それとは反対に、水の温度の上がるのに比例して抽出時間は短くなります。水を圧縮することによって温度は沸点より上昇するので、より速く力強いコーヒーを抽出できます。しかし、苦味と渋みが多く抽出され、同時に上品なアロマの多くが失われてしまうことによって、おいしさ、つまり快楽度は下がってしまいます。


強さ
ある食品が身体へ与える影響を感覚を通して判断する時、動物の場合はその影響の強さをほとんど間違えませんが、人間は間違えることがあります。実際かなり初期から、感覚的に強いと判断されるコーヒーは神経へより強い影響を与えることができる飲み物だとされていました。強さは今も昔も香りの強さ、触覚的な固さ(濃度、シロップ状とも言う)、苦味の強さの3つの要素を通して判断されています。強いコーヒーを淹れるためには、コーヒー豆の種類(ロブスタ種が含まれるカネフォラ種はアラビカ種に比べて強いコーヒーが抽出される)、焙煎、抽出の3つの要素に働きかけることが必要です。ロブスタ種に強い焙煎を加えれば強さは自然と増しますが、それに応じて美味しさは下がります。ヨーロッパでコーヒーが飲まれはじめたころ(時は1600年代)、コーヒーの種類はアラビカ種だけでした。良い家柄のフランス人貴族がスルタンムハンマドの大使に呼ばれた時、もてなしてくれた主人の鳥のために持ってきた砂糖をコーヒーに入れたという話が残っているほどですから、美味しくなかったのでしょう。砂糖を入れることでかなり美味しくなったようで、その後1669年からは大使自身も用いるようになりました。
砂糖は感じる苦味を軽減するためだけに働くのではなく、シロップのようなとろみを増し、香りを引き立てる作用もあります。ヨハン・フェスリンク(ドイツの解剖学者、植物学者)が1638年にカイロに行った際に記述しているように、その時代エジプトではすでに砂糖が使われており、コーヒーの果実の砂糖漬けも作られていたほどです。
とにかく、コーヒーは高価だったので最大限に利用されました。時代が時代ですので、焙煎の技術には期待できません。少なくない豆が焦げてしまい、大した焙煎はできませんでした。そのかわり抽出では10回も12回も繰り返し煮出されました。最初のコーヒーの抽出方法はトルココーヒーです。円錐台の形をした銅でできた小鍋に湯を沸かし、コーヒーを入れて再び火にかけます。コーヒーが煮立ち、泡が吹き出しそうになったら火から外し、泡が消えるまで待ち再び火にかけます。ブリア=サヴァランは3回まで同じコーヒーを煮出していましたが、彼は洗練されたしかもお金持ちです。貧乏人達はコーヒーの香りが少しでもするようなら何度でも煮立たせました。



おいしさ
何かが気持ちいいと感じたとき、私たちの脳はそのものの有用性を記憶し、それを好きになるという現象がおきます。それは、たとえ通常であれば快楽レベルを下げるはずの要素が入っていたとしても起こります。そういう理由でしかビールや、ある種のリキュール…そしてコーヒーの苦味を気に入る現象を説明することはできません。しかしこれが渋味(口内の粘膜がざらざらし、シワがよりほとんど乾いたような感覚)までいってしまった時は、どんな食べ物の容認度もボーダーラインの下まで下がります。
今日起きている世界のコーヒー生産へのロブスタ種の参入のような、品種に関わる問題は当時ありませんでした。しかし、コーヒー豆の焦げる確率が高かった当時の焙煎と幾度も煮出すという行為は、一杯のコーヒーが与える快楽のレベルを下げる要因だったでしょう。そして、底に残るコーヒーの残りカスはコーヒーの強さを増すという利点もありますが、一方で口に入ると煩わしく、苦味と渋みを浮き上がらせてしまいます。
そこでコーヒーマシーンのかたちを改良します。液体と粉を沈降分離し、注ぎ口にフィルターをつける工夫によってコーヒーの質は上がりますが、問題は解決しません。コーヒーは色が濃く、熱く、新鮮で温め直していない状態が好まれました。なぜなら、重要な問題のひとつとしてコーヒーに含まれている脂質の酸敗の問題があるからです。酸敗は、空気に触れた状態で保存された場合には焙煎後数日でみられますし、豆を挽いた後では数時間、淹れた後では数分でみられます。


このような問題の数々からエスプレッソ・イタリアーノは生まれます。引き続き見ていくように、マシーンの製造者や焙煎業者もこの偉大な発明に多大な功績を残した一員でした。


ルイジ・オデッロ

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